地味な研究者から見ると内容薄いのに偉そうに見える記事について原因をなんとなく

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炎上する記事やなんとなく鼻につくような記事というのは、論文を書くときの禁忌を必ずどこかで犯しています。職業上、こういう文を読むと論文を添削するような感じで冷静に分析できますので、よくある例をちょっと書き出してみました。なんとなく書いていてまた書き足すかもしれませんが、まとまりがなくてすみません。

一つお断りですが、世の中の文章が全部論文になれと言ったり、論文レベルの規律を守れとかいうつもりは全くなく、自身も論文でない文章では論文の手順を踏まずに書いています。この駄文も、「炎上する記事やなんとなく鼻につくような記事」の実例を挙げてないのでよろしくありません。実例あげたら大変なことになりますが・・・と言いつつ、一つ実例あげるとこんなのですかね?ひどすぎて例になってない気がしますが。

成功体験が偶然かどうか評価されていない

メディアで記事を書く人は何かに成功した人が多いわけですが、そこに分析がなく、ただ「俺様すごいから真似してね」という内容になっているものがあります。20回くらいやって成功率を書いてほしいんですが、人生一回きりなのでそうもいかず、そうもいかないのを逆手に取って好き勝手書くのはよろしくありません。

アレオレ

企業でチームを組まずにプロジェクトを行うことなど考えられないのですが、その言及がないものも多く見られます。研究なら共著者にしたり謝辞を書いたりしますが、勢い重視で抜けてる例が散見されます。

知らんうちに恨みを買いますが、長期間、顕在化しないので怖いです。

攻撃的

「◯◯はクソ」「◯◯は無駄」の類。「xxによると、◯◯を行うとyyだけ時間が余計にかかるということが示されており、これが正しいとすると◯◯よりも▲▲が良いと考えられる。」などの引用、データ、仮定を書くと客観的になり、だれも怒らないし傷つけません。

しかし、自分は「◯◯はクソ」系の記事は大好きだったり。自分も書いて炎上したことアリ。

他人のフンドシ

人間、なんとかして人よりも優位に立ちたいものです。しかもなるべく楽して。で、「海外では〜」と、自分の手柄のように海外の事例を紹介しだしますが、それお前のやったこととちゃうやんか。

たしかに海外の良い事例を常に取り入れることは重要なのですが、真面目にやってる人は、「◯◯国におけるxxの取り組み」などというクソ堅い文章を書いて頑張っているし、商業誌でもちゃんとしたものは観察者が記述した体裁になっています。同じことを書いていてもあくまで観察者として記述すれば、鼻につく文章にはなりません。

素人がやらなくてもその任務にある人がやってますので、やらなくてよいです。

偶像崇拝

これはどっちかというと読む側のリテラシーの問題ですが、カッコつけてる人でもウンコはするし、◯◯するし、常に倫理的でいられるわけではありません。子供ならともかく、人生経験豊富な大人が他人に過度に憧れを持つのはどうなんだろうと思います。憧れの人について、動物っぽい側面を見たときに幻滅するのはまだマシです。こじらせると、そういうことから目を背ける癖がつくと正しい判断ができなくなります。その人でなく、その人のやったことを正確に把握することが大事なんじゃないかなと思います。それは、憧れの対象の人が勘違いしないようにしてあげることでもあります。

誰かがすごいことをするのは、すごいスキルがあるからだったり、運だったり、人間性とは直接リンクしませんので、その人を祝福するだけにした方がよいんでないかなーと思います。それ以上を求めると、誰も幸せにならないし、オーバーなことを言うと世の中の閉塞感の一因にもなりかねないんじゃないでしょうか。

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